悦山人の”モノ”がたり

この国のカタチとスガタを見つめてカナタのコトバにたどり着く

魂消余話

純粋システム批判-21(1部:了)

純粋システム批判-21(1部:了) 「日本人のルーツ」 日本という国はなかった。国土もなかった。諸島が存在した。原始のホモサピエンスが現れた。原人も旧人も進化して動き回った。日本列島に旧石器人の痕跡が残った。北方の縄文人がアイヌ系になった。南方…

純粋システム批判-05

純粋システム批判-05 「無意味の絵画」 絵画という歴史の流れには対象物を描写して(スケッチして)それを額縁に収めて(タブローして)さらに壁に掛けて(ウォッチして)皆で鑑賞するというような風習・習慣・慣習が当たり前だった。ところが絵画の鑑賞の…

純粋カラッポ批判-ね

純粋カラッポ批判-ね 「哀れな建築」 この世の古代文明には必ずといって古代遺跡が付きものでありその遺構をひも解くならば古代の権力者の権威づけの痕跡で今になってみると廃墟・静虚・空虚におおわれた謎の建築の足跡になる。日本の古墳期以降の建築でも…

純粋カラッポ批判-ほ

純粋カラッポ批判-ほ 「回り道」 いくら考えても試しても何度も何度も考えてもいとも簡単に答えは見つからずそれだから思考を捨て去って考えずにただ歩くことにした。そうすると望んで生まれてきたわけでもないはずの人生の岐路という交差点に出会ってはた…

純粋カラッポ批判-は

純粋カラッポ批判-は 「洞窟・ほら穴」 地球上の陰影の中でとくに暗闇の雨露をしのぐためにヒト科のホモサピエンスは洞窟に住みつくようになるがこれはカラッポに気づく一歩になった。カラッポの原型は<アナグラ(穴ぐら)>であり地形的なほら穴とか窪み…

純粋カラッポ批判-a

純粋カラッポ批判-a 「虚像」 生まれた直後の赤ちゃんの瞳はつぶらだがじつは赤ちゃんには見えていなくて何故ならば脳のしくみの保持・保存から他の感覚よりも眼の認知を後回しにした。それだけ眼の情報は多すぎて脳の混乱を避けるものの赤ちゃんの最初の視…

魂消(タマゲタ)余話-09(塔について)

魂消(タマゲタ)余話-09(塔について) 「バベルの塔」 旧約聖書の創世記において巨大な塔が登場するが、これは神の領域のシンボル化を目指した。だが、天まで届くように手を伸ばす形の塔の建設は崩壊する。もう神は怒っていた。 「ガウディの塔」 建築家…

魂消(タマゲタ)余話-08

魂消(タマゲタ)余話-08 「武満徹の雅び音」 日本の現代音楽について無知でありながらも、前衛作曲家という名に惚れて武満徹を知った。瀧口修造の<実験工房>に参加して様々な現代音楽の礎を築いた。洋楽器と和楽器の組み合わせは如何にも独特な雅び音を…

魂消(タマゲタ)余話-07

魂消(タマゲタ)余話-07 「ゆきゆきて、進軍」 ドキュメンタリー映画の<ゆきゆきて、進軍>は太平洋戦争の飢餓地獄に追尾しながら戦争責任の所在を問うものである。主人公の奥崎謙三は元日本兵で事実に基づいた破天荒な言動が銀幕を揺さぶり、戦場におけ…

魂消(タマゲタ)余話-06

魂消(タマゲタ)余話-06 「天の夕顔」 学生のころ、人妻との関係において恋いこがれる切なさとその別れのもどかしさを短編にしたことがある。その後、中河与一の小説<天の夕顔>を古本屋で見つけて上気した。不思議にも愛することを耐え忍ぶことから天空…

魂消(タマゲタ)余話-05

魂消(タマゲタ)余話-05 「サヴォア邸(1931年)」 これはル・コルビュジエの代表的な住宅作品であり、近代建築の鉄筋コンクリート造の先駆けとなった。とくにピロティやスロープ、屋上庭園など、新生活に合わせた自由な設計になっていた。家は住むための…

魂消(タマゲタ)余話-04

魂消(タマゲタ)余話-04 「大脱走」 ハリウッド映画の壮大さに目覚めたものであり、筋書き的には捕虜収容所が舞台であるものの、捕虜の巧みな演技(キャスティング)とストーリー展開に憧れてしまった。とくに大型オートバイで丘陵地を柵越えするシーンは…

魂消(タマゲタ)余話-03

魂消(タマゲタ)余話-03 「土方巽の土臭さ」 暗黒舞踏なんて知っちゃいないだろうが、それが生きがいだったのさ。躍ることは空気を吸って吐くときの土の匂いなんだよ。だから、土くれの自然が相手でな、からだの動きがふっと同化するのよ。何でもないんだ…

魂消(タマゲタ)余話-02

魂消(タマゲタ)余話-02 「辻晋堂の陶彫」 陶土を用いた彫刻であり、これを陶彫と呼んでいた。今までにない作風に驚いた。その抽象的な響きに引き込まれても、真似の存外の異端だった。独特の独眼である。また、万葉集にも造詣が深くて、これも出自と関係…

魂消(タマゲタ)余話-01

魂消(タマゲタ)余話-01 「言霊」 言葉はもともと言の葉で、つまり、コト(事)のハ(端)を示して、物事の端っこを意味していた。あくまでも本質には届かない発端で、かつ一端で片端であった。では、本質の真ん中は中心で、心(ココロ)のままの真心であ…

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